王騎を討ち、さらには桓騎も葬られました。
圧倒的な強者感を漂わせている李牧ですが、彼を倒さなければ中華統一はかなり難しい・・・
李牧を討つことは本当にできるのか?
気になる方も多いと思うので、本記事では李牧の死亡情報をまとめました。
李牧の最後を知りたい方は必見です。

「キングダム」李牧(りぼく)の基本情報
史記において詳しい出自は不明とされているも、列伝21廉頗藺相如列伝に登場し、その存在感から智将として勇名を馳せる英雄となりました。
趙の北方・代の地にて軍長官として駐屯し、春秋戦国時代の将の中では積極的に戦闘行為をせずに侵略してきた敵軍に、徹底した防御と防衛を展開した事で守戦の名将と謳われます。
また戦略や策謀にも非常に長けており、騎馬民族匈奴が趙に侵攻した際にも討伐を果たすなど武力面でも活躍する名将とも言われています。
後の始皇帝となる秦王政に阻んだ人物とされる彼は、キングダムの世界においても、その存在感を示す武将として登場しました。
作中における李牧は北方の見目麗しい姿をしており、その見た目とは裏腹に趙国における最強の武将の称号である三大天を成す人物として描かれています。
漢感荒々しく描かれているキングダムの中でどこか飄々としているも、いざとなれば戦う覚悟を魅せる命のやり取りを平然と行える武将としての矜持を持つ人物でもあります。
また敵味方に関して無意味な死を嫌うなど、例え敵であろうとも慈悲を見せる優しさを持ち、またどんな事があろうとも非戦闘員を殺さない矜持の持ち主でもあります。
主人公の信にとってまさに最大の敵となる李牧の死亡は、現在のキングダム最新話では確認はされてはいません。
現在も生存している事になりますが、後に彼は命を落とす事になります。
「キングダム」李牧(りぼく)の死亡シーン詳細【史実からわかる最後は処刑?】
李牧の最期は、戦国時代を代表する名将にふさわしいものとは言えない、非常に悲劇的なものでした。
秦の侵攻を何度も食い止めてきた李牧でしたが、紀元前228年、秦の将軍・王翦が趙へ攻め込んだ際、秦は正面からでは李牧を打ち破れないと判断し、政治的な策略に打って出ます。
秦は趙王の側近である郭開に賄賂を送り、「李牧と司馬尚が謀反を企てている」という虚偽の情報を流させました。
これを信じた趙王(幽繆王)は李牧を更迭しようとしますが、李牧がこれを拒否したため、最終的に捕らえられて処刑されることとなります。
一方で、『戦国策』では、李牧は柱を背にして剣を口にくわえ、自ら命を絶ったとも記されており、自害説も存在します。
また、他にも病死説など複数の説が伝わっていますが、いずれにしてもその死の背景には、秦の流言策と趙王の判断ミスが大きく関わっていました。
李牧の死は趙にとって致命的な損失となり、そのわずか3か月後には秦軍の再侵攻によって趙はあっけなく滅亡へと追い込まれます。
つまり李牧は、国を支える最後の柱であり、その喪失がそのまま国家の崩壊へと直結したと言えるでしょう。
この一連の出来事は、「優れた将がいないから国が滅びるのではなく、優れた将を正しく用いることができないから滅びる」という教訓を象徴する歴史として語り継がれています。
「キングダム」李牧の活躍
4つの大戦に勝利
- 李牧VS王騎(馬陽の戦い)
- 李牧VS激辛
- 李牧VS桓騎(肥下の戦い)
- 李牧VS王翦(番吾の戦い)
李牧VS王騎(馬陽の戦い)

キングダム7巻では、李牧VS王騎(馬陽の戦い)が描かれました。
李牧は、王騎に「龐煖が総大将である」という偽情報を流し、王騎を戦場へ引きずり出します。
同時に北方では匈奴20万を壊滅させながらも、その存在を徹底した情報統制によって隠し通していました。
実際の戦場では、王騎は経験と直感から違和感を覚えつつも、李牧の存在や真の狙いを見抜くことができませんでした。
それほどまでに李牧の策は緻密で、相手の思考すら先回りしていたのです。
李牧が勝利を確信していた理由は主に4つあります。
- 匈奴との戦いで騎馬戦の強さを熟知していたこと
- 山間部でも音を立てずに進軍できる機動力を持っていたこと
- 王騎の性格や思考を読み切っていたこと
- そして仮に策を見抜かれても龐煖という存在によって王騎の動きを封じられる構図を作っていたこと。
こうして幾重にも張り巡らされた策略によって、王騎は新時代の怪物である李牧の罠に完全に絡め取られることになりました。
李牧VS激辛

『キングダム』24巻では、李牧・龐煖と燕の大将軍・劇辛の戦いが描かれています。
劇辛は若い頃に軍神・楽毅の戦術を学び、それを実戦でも活かしてきた実力者で、名将の一人といえる存在でした。
しかし、その劇辛でさえ李牧と龐煖の連携の前にはあっさりと敗北します。
この戦いでは、李牧が劇辛の思考や動きをすべて読み切り、自ら囮となって誘い込むことで戦局を掌握。
そこへ龐煖が圧倒的な武力で急襲し、劇辛を討ち取るという完璧な作戦が展開されました。
この一戦からは、李牧の知略が軍神・楽毅に匹敵、あるいはそれ以上ともいえるレベルにあることがうかがえます。
李牧VS桓騎(肥下の戦い)

第69巻で描かれた李牧VS桓騎の戦いは、最初から最後まで「李牧の罠」と「桓騎の奇策」のぶつかり合いでした。
まず李牧は、情報操作と奇襲で秦軍の戦力を削りつつ、桓騎軍を宜安平野へと誘導。
そこで圧倒的な兵力差(秦14万 vs 趙31万)を作り出し、一気に包囲戦へ持ち込みます。
完全に追い詰められた桓騎は、あえて動かず時間を稼ぎ、夜を待ってから奇襲で包囲網を突破。
しかし戦力を大きく失いながら逃走する形となります。
その後、桓騎はさらに李牧の裏をかくため、肥下方面へ向かったと見せかけて森で待ち伏せし、最後の賭けとして李牧本陣への奇襲を決行。

李牧VS王翦(番吾の戦い)

王翦軍は朱海平原では勝利を収めたものの、73巻の番吾の戦いでは李牧の戦略の前に敗北を喫しました。
この戦いで李牧は、囮部隊を巧みに配置することで飛信隊や玉鳳隊といった王翦軍の主力を封じ、戦場の主導権を完全に掌握。
さらに青歌から駆けつけた司馬尚軍の参戦が想定以上の戦力となり、これが決定打となって王翦軍は壊滅的な敗北へと追い込まれました。

また李牧は、あえて戦場をシンプルに構築することで、複雑な戦局を得意とする王翦の強みを封じる戦術を採用。
多層的な布陣と連携によって王翦軍を罠にはめ、戦いの主導権を握り続けました。
まとめ
本記事では、キングダムで登場する李牧について、死亡情報をまとめました。
敵ながら憎み切れない李牧。史実では死亡することが確定しているので、その最後は涙なしでは見られないでしょうね・・・


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