圧倒的な怪力と狂気じみた戦闘スタイルで数々の戦場を蹂躙してきた彼ですが、物語後半ではついに壮絶な最期を迎えることになります。
特に肥下の戦いで見せた最後の活躍は、多くの読者に強い衝撃と余韻を残しました。
本記事では、そんなゼノウの死亡シーンを中心に、これまでの活躍や最期の詳細、さらにはモデルとなった可能性のある史実までをわかりやすく解説していきます。
キングダム桓騎軍「ゼノウ」の死亡シーン詳細

| キャラクター名 | ゼノウ |
| 死亡情報 | 第69巻 751話「一秒の差」 |
| 所属・役職 | 副将(雷土や黒桜と同等の地位だったと思われます。) |
死亡までの流れ
平陽・武城方面からの邯鄲攻略を阻まれた秦軍は、趙北部・宜安を起点に王都攻略を狙う新たな作戦に切り替えます。
桓騎率いる秦軍は趙の深部へ侵攻し、赤麗城を陥落。
そのまま宜安へ向けて14万の連合軍で進軍しますが、宜司平野で待ち受けていたのは想定を大きく上回る31万の趙軍でした。
李牧の策略により、開戦直後から秦軍は圧倒的劣勢に追い込まれます。
そんな中、桓騎は「暗闇を待つ」という策に打って出て、包囲網の突破を図ります。
その突破の要となったのがゼノウ一家でした。
前線で敵の攻撃を一身に受けながらも猛進し、弓矢の集中砲火を浴びても勢いは衰えず、ついには趙軍の包囲網をこじ開けることに成功します。

しかしその代償は大きく、数百人規模だったゼノウ一家は、ほぼ壊滅状態に。生き残ったのはゼノウただ一人でした。
突破した桓騎軍は、飛信隊や蒙恬軍が確保した宜安城へ入城し、傷ついた兵士たちは砂鬼一家によって治療を受けます。そこには、満身創痍のゼノウの姿もありました。
一方で李牧は、桓騎軍が次に民間人の避難する肥下城を狙うと読み、大軍を率いて追撃を開始。
約10万の趙軍が肥下へ向けて進軍する中、軍列が伸びた隙を突き、桓騎軍は李牧本陣への奇襲を仕掛けます。
これは「本陣を薄くして叩く」という桓騎の常套手段であり、李牧も一時は対応を許します。
桓騎軍は李牧を包囲し、あと一歩で討ち取るというところまで迫ります。
その先頭には、なおも立ち続けるゼノウの姿がありました。どれだけ攻撃を受けても止まらず、まさに怪物のような存在感を見せます。
しかし、ここで趙軍の援軍が到着し、形勢は再び逆転。青歌軍の将・上和龍がゼノウに致命傷を与え死亡・・・ではなく、まだゼノウは死んではいませんでした。
桓騎軍残党が趙軍に周りを囲まれ、いよいよ最後かと思われたそのとき・・・
桓騎の「ゼノウ」の掛け声で、「ガンギ・・・お前と出会ってからずっと・・・楽しかったぞ」と言い残し、ゼノウは上和龍将軍の頭を鷲掴みで粉砕したあと討ち取られるのでした。
キングダム桓騎軍「ゼノウ」の活躍のまとめ
ゼノウの活躍①:黒洋丘の戦い
黒羊丘の戦いは、ゼノウ一家が初めて登場した戦いであり、秦が中華統一へ向けて趙に攻め込んだ重要な一戦です。
秦軍は桓騎を総大将に、桓騎軍5万と飛信隊8千で進軍し、これを趙軍の総大将・慶舎、副将・紀彗が迎え撃ちます。
戦いは、雷土軍と飛信隊が先陣を切り、樹海を抜けて中央丘へ先行することが目的でした。
進軍中、桓騎軍の成り立ちが語られますが、もともとは複数の野盗団が集まってできた軍であり、その中でも最も危険な集団の一つがゼノウ一家でした。
北で暴れ回っていた戦闘集団で、特に長のゼノウは怪力と狂気を兼ね備えた存在として恐れられていました。

その実力は戦場でも発揮され、ゼノウ一家は雷土軍とともに趙軍を圧倒しながら順調に前進。右翼を粉砕し、中央丘へ回り込もうとします。
しかし、その前に趙将・岳嬰が立ちはだかり、「優位に見える状況こそが死地に変わる」と意味深な言葉を残します。
その言葉通り、裏では趙軍総大将・慶舎が動いていました。ゼノウたちと合流するはずだった雷土軍第2陣を分断し、前線部隊を孤立させる策を仕掛けていたのです。
この策略によってゼノウ・雷土軍は知らぬ間に包囲され、壊滅的な被害を受けてしまいます。
絶体絶命の中、ゼノウと雷土は“元野盗”としての生存術を発動。「火兎」という合図の笛を鳴らし、完全包囲を意味するこの合図で各隊は四散し、それぞれが逃走に転じます。

その後、生き残った部隊は再び中央丘に集結し、趙軍の砦を焼き払うなど反撃を開始。
さらに戦いが停滞する中、ゼノウ一家は紀彗軍の布陣を突き破るように突撃し、桓騎の奇策によって手薄になった砦を粉砕します。

最終的に黒羊丘の戦いは桓騎軍の勝利で決着。
この戦いは、ゼノウ一家の異質な強さと、桓騎軍の戦い方の特異さを強く印象づけたエピソードとなりました。
ゼノウの活躍②:趙の鄴攻め
秦軍は当初、山陽方面から趙攻略を進める予定でしたが、李牧の守りが想定以上に堅固だったため作戦を変更し、王都圏に位置する大都市・鄴の攻略へと方針を転換します。
戦いが終盤に差し掛かると、鄴の食糧が尽きかけていることを察知した李牧は、朱海平原を離れて鄴の救援へ向かいます。
これを王翦軍が追撃し、途中でゼノウ・雷土軍が迎え撃つ形となりました。疲弊していた李牧軍はこの攻撃によって足止めされ、鄴への到達を阻まれます。
一方その頃、鄴では食糧不足が深刻化し、ついに城内の民衆が自ら城門を開いて外へ逃げ出す事態に発展します。
城外で待機していた黒桜は、流れが弱まったところで一気に攻め込む構えでしたが、李牧の足止めを任されていたはずのゼノウ一家が、待ちきれずに独断で城内へ突入します。

この突発的な行動が結果的に決定打となり、秦軍は鄴の占拠に成功。補給も回復し、戦局は大きく秦に傾きました。
占拠後の鄴では、久々に食糧を得たゼノウが豪快に肉にかぶりつく姿も描かれており、激戦の裏での象徴的なシーンとして印象に残ります。
ゼノウの活躍③:平陽の戦い
桓騎軍は、王都邯鄲の手前に位置する平陽城の攻略を目指して進軍します。
六大将軍となった桓騎は、これまで以上に大胆に侵攻を進めますが、他軍よりも深く敵地へ踏み込んでいるため、戦況は厳しいものとなっていきます。
そこへ新たに、激戦が続く戦場に扈輒率いる大軍が参戦。桓騎軍8万に対し、扈輒軍は24万という圧倒的な兵力差で戦いが始まりました。
数の不利は明白で、桓騎軍は各所で消耗しながらも戦い続けることになります。
一方、影丘方面からの突破を警戒した扈輒軍は、虎白残留軍5千を派遣し、飛信隊を足止めします。しかしこの動きにより、本陣の守りが手薄になるという隙が生まれました。
この戦いで桓騎が用いたのは、孫臏の兵法を応用した奇策です。
あえて敗走を装い、多数の脱走兵を出す一方で、一部の兵を地下や死体に紛れさせて潜伏させていました。
扈輒軍はそれに気づかず前進し、結果として桓騎軍の隠れた兵はそのまま前線を突破した形となります。
その潜伏部隊の中核にいたのがゼノウ一家でした。敵本陣が手薄になった瞬間を突き、ゼノウ一家が一気に突撃。圧倒的な武力で扈輒軍を蹴散らし、本陣へと迫ります。
ゼノウの猛威に恐れをなした扈輒は、精鋭部隊を率いて撤退を試みますが、その先にはすでに桓騎と朱摩一家が回り込んでおり、逃げ場を失った末に討ち取られることとなりました。
ゼノウの史実情報
『キングダム』における桓騎軍の構成員(ゼノウ、雷土、黒桜、摩論など)は、そのほとんどが作者の原泰久先生による創作です。
史実での桓騎(かんき)は、秦の将軍として多くの戦功を立てた人物ですが、彼が率いていた部下たちの具体的な名前や「元野盗集団だった」という設定自体、史実には詳しく記されていません。
しかし、特定の個人としてのモデルはいませんが、当時の時代背景には「ゼノウ」のような存在のヒントがあります。
中国の伝承や歴史には、一人で数百人をなぎ倒す「怪力」を持つ武将がしばしば登場します(項羽などが有名です)。
ゼノウの人間離れした強さは、そうした中国史特有の「英雄像」の一つの極致として描かれているのではないでしょうか。

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