MENU

キングダム趙三大天「龐煖」の死亡シーン詳細!死亡理由や史実情報まとめ

キングダム趙三大天「龐煖」の死亡シーン詳細!死亡理由や史実情報まとめ

『キングダム』に登場する趙三大天・龐煖(ほうけん)は、“武神”と称される圧倒的な武力で数々の戦場を制してきた強敵のひとりです。

物語の中でも主人公・信にとって最大級の宿敵として立ちはだかり、その存在感は最後まで強烈なインパクトを残しました。

そんな龐煖が迎えた最期は、単なる敗北ではなく、これまでの生き様や思想がぶつかり合った“決着の瞬間”として描かれており、多くの読者に衝撃を与えています。

また、その死には明確な理由や背景があり、武神としての在り方そのものに一つの答えが示された場面でもありました。

本記事では、龐煖の死亡シーンの詳細やその理由、そして史実との違いについて分かりやすくまとめていきます。

人気記事

>>キングダム死亡キャラクターまとめ

目次

キングダム趙三大天「龐煖」の死亡シーン・死亡理由まとめ

死亡までの流れ

  • 朱海平原の戦い「中央軍戦へ突入」
  • 龐煖VS飛信隊「最後の戦い」
  • 龐煖とは何者なのか?李牧が語る「求道者」の正体
  • 最終局面!信が示した「人の力」
キャラクター名龐煖
死亡情報第58巻 第628話「命の火」
所属・役職趙三大天

朱海平原の戦い「中央軍戦へ突入」

朱海平原の戦い「中央軍戦へ突入」

秦国は、趙国王都「邯鄲」を攻める足掛かりとして、趙第2の都市「鄴」攻めを敢行しました。

王翦・桓騎・楊端和の連合軍で趙の奥深くに侵攻しました。

龐煖が出てくるのは、鄴攻略14日目の秦軍左翼。龐煖は、野営地に現れます。

なぜ現れたのかは謎ですが、龐煖が現れるのは、その戦場に自分と同じ武の匂いを感じたときです。

「決着をつけるために来た」と言っていることから、飛信隊信を狙って現れたと思われます。

信とは、「馬陽の戦い」「合従軍戦」と今まで2度戦って決着が着いていません。野営地では、そこにいた小隊を全滅させ再び姿を消しています。

朱海平原15日めの戦いでは、旧三大天藺相如が十傑最後の1人尭雲を王賁が打ち取ることで、秦右翼は勝利をおさめいよいよ中央軍の戦いとなります。

秦軍随一の智将王翦将軍の側近、倉央と糸凌が李牧本陣に迫ります。その糸凌の前に龐煖は現れます。秦軍を粉砕する龐煖。

しかし、そのまま秦軍に攻め込むのではなく、李牧を探して趙本陣に「龐煖の求めている答え」を聞きに突撃します。

 「答えをもらいにきたぞ」という龐煖。「答えは戦場にある」と龐煖を誘った李牧。

李牧は、龐煖の持っている答えを今持っているのは信であると龐煖に告げます。納得する龐煖。ここから龐煖最後の戦いが始まります。

龐煖VS飛信隊「最後の戦い」

龐煖VS飛信隊「最後の戦い」

李牧軍を攻める、倉央軍、田里弥軍、秦右翼軍。秦軍優勢かと思われたところに、趙の馬南慈軍が、王翦軍に挟撃をかけ、王翦軍も一気にピンチとなります。

どちらの大将が討ち取られてもおかしくない状況の中、飛信隊が李牧本陣に迫ります。ここで飛信隊の前に龐煖が立ちはだかります。

龐煖は、まず飛信隊の去亥を討ち取ります。龐煖が放つ凄まじい咆哮が戦場を支配し、立ちすくむ飛信隊の兵士たち。その中で、麃公兵たちが龐煖に突撃します。

麃公将軍の敵と、やられてもやられても立ち向かっていきます。元麃公だった飛信隊の岳雷、我呂が突撃しようとしたときに、お馴染みの「トーンタンタン」という音と共に、羌瘣が現れ戦いを挑みます。

巫舞の限界を超えて立ち向かいますが、龐煖の圧倒的な武力によって深い傷を負わされます。

しかし、羌瘣は「指を斬り落とす」など、龐煖に確実なダメージを刻みます。羌瘣は、あと少しというところで、呼吸が尽き敗れてしまいます。

そこに現れた信。龐煖と最後の戦いに挑みます。「龐煖、お前は何なんだ」と信は叫びます。

信や李牧のように国を守る戦いに出るわけでもなく、突然現れ眼の前にいる敵を無差別に殺戮する龐煖。それには、仲間である趙軍の武将たちも疑問を持ちます。

龐煖とは何者なのか?李牧が語る「求道者」の正体

龐煖とは何者なのか?李牧が語る「求道者」の正体

李牧側近カイネも、「李牧様は何なのですか」と李牧に問いかけています。

その疑問に対して李牧は「龐煖は我々人の代表です。」と答えます。「龐煖は求道者である」と。

カイネに求道者とは何かを説明します。

「求道者は、この500年の戦乱の世よりもさらに古い争乱期から存在していたそうです。」「争いを繰り返す人の世の苦しさと愚かさを憂い、どうにかこれを救えないかと真剣に考えた集団です。」

しかし、争いの世の中で道を探してもそこに答えは無いと断定し、人の世から離れただひたすらその「道」を探した集団であると。

「人の救済のために人を超える模を示さんと戦っている人の代表である。」と周りは理解します。

さまざまな「道」を求める求道者がいるなか、龐煖が求める「道」は、武神への道であることを李牧は説明します。

人を超える存在になろうとする龐煖ですが、李牧は、「どう足掻こうが人が人を超える存在にはなれない」と言います。それを証明しようとしたのが王騎であり麃公だったのです。

最終局面!信が示した「人の力」

最終局面!信が示した「人の力」

王騎や麃公は命がけで龐煖に「否」を示そうとする前に討たれて命を落としました。今度は信が彼らに代わって「否」を突きつけようと龐煖と死闘を繰りひろげます。

人は修行によって個を極めれば神の領域に至ると信じ、人との繋がりを断って武神となろうとする龐煖と、関わる人間達の思いを紡いで束にして戦う力にする信との戦いは、一進一退を繰り返します。

「そもそも道そのものが無かったのではないか」と悟る龐煖。龐煖が死ぬ間際、李牧は龐煖という男がなぜこれほどまでに「大きく叫び続けてきたのか」、その悲しい理由を語りました。

龐煖は、人が痛みや苦しみから解放されるために「人間を超える」ことを目指した「求道者(ぐどうしゃ)」でした。

彼の叫びは、天に対し「なぜ人はこれほどまでに弱く、愚かなのか」と問いかける、人類を代表した「魂の嘆き」だったのです。

信の最後の一撃が龐煖を捉えた時、龐煖は初めて「自分を凌駕する力」の正体が、自分が否定し続けてきた「他者との繋がり」であったことを悟りました。

ここに長きに渡って繰り広げられた龐煖と信の戦いが終わります。

龐煖の活躍のまとめ

①馬陽の戦い

龐煖(ほうけん)が『キングダム』に初めて登場したのは、秦軍が韓へ向けて大軍20万を送り出した際に起きた馬陽(ばよう)の戦いです。

秦軍が韓へ深く侵攻している隙を狙い、趙国は“三大天”の称号を持つ怪物・龐煖を大将に据えた軍を秦の領土へ侵攻させます。

趙軍は馬陽の地を蹂躙しながら前進しており、秦は守備のために王騎将軍が軍を率いて出陣することになりました。

9年前の因縁「王騎と龐煖」

咸陽に駆けつけた伝令によって趙軍の大将が「龐煖」であることが伝えられますが、呂不韋を含め多くの人物はその名前を知りませんでした。

しかし、ただ一人昌文君だけは龐煖の名を聞いて顔色を変えます。

それもそのはず、龐煖は9年前に王騎によって討たれた人物だと記録されていたからです。

かつて龐煖は、秦軍10万の中央にたった一人で現れ、兵士を次々と斬り伏せ、さらに六大将軍の摎(きょう)までも討ち取りました。

その怒りで王騎が龐煖と激突し、ついに王騎が龐煖を討ったとされていたのです。

つまり、龐煖は「死んだはずの男」でした。

その龐煖が趙軍の総大将として再び現れた・・・王騎も、龐煖もこの戦場に立っている理由は、すべて“9年前の因縁”の続きだったのです。

馬陽の激戦「龐煖は姿を見せないまま戦況が進む」

馬陽の地では、秦軍10万と趙軍12万が激しくぶつかり合う総力戦が開始されました。

しかし、趙軍の総大将である龐煖は前線に姿を現しません。

趙将たちは、「大将が戦に興味を持たないとは面白い」と揶揄しつつ、龐煖が本陣で静かに休んでいると語ります。

龐煖は、ただ戦がしたいわけではなく、戦場に“特別な武の気配”を感じたときのみ現れるという存在。普通の武将とは根本から異なるのです。

そのため、龐煖が最初に現れたのは戦場の中心ではなく、録鳴未・干央軍の野営地でした。そこに羌瘣(きょうかい)がいたためです。

龐煖VS羌瘣「圧倒的な武力」

龐煖は野営地に突如現れ、集まった秦兵を次々と倒していき、ついに羌瘣と一騎打ちになります。

龐煖は「我が内なる神は他の強者を許さぬ」と語り、強者を求める「武神」の性質をむき出しにして戦います。

羌瘣は巫舞で立ち向かいますが、呼吸が切れ力尽き、信もまた負傷して倒れ、飛信隊は壊滅寸前。

干央軍や万極軍が駆けつけ乱戦になりますが、龐煖には歯が立たず、飛信隊は撤退を余儀なくされます。

龐煖VS王騎「運命の一騎打ち」

一方で趙軍を追う蒙武(もうぶ)軍は趙軍の罠にはまり、断崖へ追い込まれ大ピンチに。そこに龐煖も姿を現し、戦場の空気は一変します。

そのタイミングで王騎本陣も到着し、ついに王騎と龐煖の大将同士の宿命の対決となります。

王騎は問いかけます。「死んだと思っていたあなたが、どうして大軍の将として現れたのです?」と。

龐煖は静かに答えます。「どんな手段でも関係ない。私が求めるのは、武神の証明ただ一つだ。」と。

つまり、龐煖が趙軍に加わった理由は“王騎との決着をつけるため”だけだったのです。

王騎最期の瞬間「龐煖との因縁に幕を下ろす」

王騎と龐煖の激突は壮絶を極めましたが、武を極めたと思っていた龐煖よりも、王騎の武力が一歩上回り、ついに王騎の勝利が目前に迫ります。

王騎が「幕です」と最後の一撃を振り下ろすその瞬間、趙将・魏加(ぎか)の放った矢が王騎に命中。

その一瞬の隙を突き、龐煖の矛が王騎を貫きます。こうして王騎は壮絶な最期を迎え、秦軍は撤退を決断しました。

龐煖と王騎の“9年越しの因縁”は、ここでひとつの幕を閉じることになります。

②趙燕攻防戦

この戦いは、李牧が燕への侵攻を指揮して、秘密兵器として龐煖を投入した戦いです。

燕のこの巻では、趙の龐煖と燕国の大将軍劇が対決します。劇辛はかつて、秦の六大将軍や趙の三大天(藺相如や廉頗)と同じ時代を生き抜き、戦神・楽毅と共に戦った将軍です。

劇辛は「金で動く」と言われていますが、その実力は本物で、李牧の戦術を見抜く戦術眼を持っています。

龐煖を今まで戦ってきた「山に籠もっているだけの偽物」と見くびり対決します。しかし龐煖の実力は本物で、劇辛を一刀両断にします。

燕はこの戦いに敗れたことで、急速に衰退していくこととなります。

この戦いでは、龐煖が王騎に勝ったのが運ではなく、人を超える真の実力者であることが示されます。

③合従軍と秦軍の戦い

合従軍とは、楚・趙・魏・韓・燕の五カ国が連合して秦へ仕掛けた大侵攻作戦のことです。

紀元前241年、まず楚が秦へ侵攻し、それに続く形で魏・趙・韓・燕の大軍が秦領内へなだれ込んできました。秦は国の要である函谷関に全軍を集結させ、合従軍を食い止める決戦が始まります。

開戦から17日間、合従軍は圧倒的兵力を持ちながらも函谷関突破に苦戦していました。この時点では、趙の“武神”龐煖(ほうけん)はまだ姿を現していません。

しかし戦況が膠着する中、秦の首都・咸陽へ向かう別ルート(南道)で動きが起こります。

趙軍の智将・李牧は、函谷関正面ではなく、裏道ともいえる武関(ぶかん)を経由した南道から咸陽へ侵攻を開始。
これに対し、秦は麃公(ひょうこう)将軍の別働隊が追撃に入り、激しい攻防が始まります。

ところが李牧の巧妙な作戦により、麃公軍は孤立。その瞬間、ついに龐煖が姿を見せます。

龐煖は定番のセリフ「我は荒ぶる神を宿す者」「我武神龐煖也」と共に登場し、麃公将軍との一騎打ちに突入します。

龐煖が現れた理由は、“武の真理を探すため”でした。

  • 王騎という“求道者でもない者”がなぜあれほど強かったのか
  • その「答え」が戦場にあると李牧に告げられたから

死闘の末、麃公将軍は龐煖の矛によって討たれます。しかし息絶える前に、麃公は龐煖に対してこう言い放ちます。

「お前は己の中の矛盾に気づかずにもがき続けている、ただの大馬鹿者だ」。この言葉は、龐煖が抱える存在の根本的な揺らぎを突く重要な言葉でした。

李牧軍はそのまま咸陽を目指して前進しますが、秦は函谷関に兵を集中させていたため、咸陽を守る兵力がほとんど残っていません

そこで、咸陽手前の小都市「蕞(さい)」の住民を臨時の兵士として動員し、李牧軍に立ち向かいます。

蕞城戦が6日目に突入した頃、限界を超えて戦う民兵たちを見た龐煖は、「天が覗いておる。この城を。興味だ」と呟き、その場を立ち去ります。

これは、龐煖が“人の底力”“極限で生まれる力”に興味を抱いた象徴的シーンでした。

城門がついに破られ、秦が敗北寸前のところへ、山の民を率いる楊端和(ようたんわ)が救援に駆けつけます。李牧軍を切り裂くように突撃する山の民軍。その戦場に、再び龐煖が立ちはだかります。

龐煖が再登場した理由は、“死王”の名を持つ楊端和と戦うためと考えられます。強者を求める龐煖にとって、楊端和は戦う価値のある相手だったのでしょう。

しかし、楊端和と龐煖が激突する寸前、疲労困憊の状態で信が割って入り龐煖と対峙します。

信は王騎や麃公から受け継いだ「想いの力」、そして仲間が倒れていく中で生まれた“人の力”を背負うことで、極限状態の中でも龐煖に立ち向かいます。

龐煖は「武を極めた自分が、なぜ寄せ集めの小さな兵団の想いを背負う信に押し返されるのか」と理解できず、この瞬間初めて“恐怖”を感じ始めます。

結果、信はこれまで惨敗を繰り返してきた龐煖に対し、初めて傷を負わせて撃退することに成功します。これは、長い因縁の中で信が龐煖に対し“初めて抗った瞬間”でした。

龐煖の史実情報

漫画では「我武神龐煖也」と「武神」として人間離れした描かれ方をする龐煖ですが、史実における彼は、実は「優れた知略を持つ将軍」であり、さらには「思想家・哲学者」という、漫画とはかなり異なる顔を持っています。

漫画では言葉を解さない求道者のようですが、史実では『龐煖子』という兵法書を書いたとされるほどの知識人です。

キングダムでは李牧が合従軍の天才軍師として描かれていますが、史実でこの合従軍を実質的に指揮したのは龐煖だと言われています。

秦の国境を突破し、咸陽の手前の「蕞」まで迫りましたが、秦軍の必死の抵抗に遭い、ついに秦を滅ぼすことはできず撤退しました。

この敗北以降、龐煖の名は史書から消えてしまいます。

まとめ

龐煖は“武神”として圧倒的な強さを誇っていましたが、朱海平原の戦いで信との激闘の末に敗れ、命を落とします。

最後は、仲間の想いを背負って戦う信の力に押され、これまで孤独に強さを求めてきた龐煖との違いが決定的な差となりました。

この戦いは単なる勝敗ではなく、「一人の強さ」と「仲間と共に戦う強さ」の違いが描かれた重要な場面でもあります。

また史実では龐煖の最期は詳しく残っておらず、『キングダム』では物語として大きくアレンジされた形で描かれています。

龐煖の死は、信の成長を象徴する大きな転機となる印象的なシーンでした。

人気記事

>>キングダム死亡キャラクターまとめ

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次